「あー、もう無理だ……。」
あの日、僕はリビングの床にへたり込んで、ただただ天井を見上げていました。目の前には、オレンジ色のにんじんペーストが飛び散ったフローリング。
一生懸命に作った離乳食は、一口も食べてもらえることなく、お皿ごと床にひっくり返されました。
仕事から帰ってきて、疲れた体で野菜を茹でて、裏ごしして、やっと作ったご飯だったのに。
今回は、そんなイライラが限界だった僕が、スプーンを置いて「手づかみ食べ」を一緒に見守るようになって気づいた、大切な体験のお話です。
目次
目の前が真っ白になった、あの日
あの日、僕は朝からなんだか焦っていました。
「今日こそは、栄養バランスの良い離乳食をしっかり食べさせなきゃ」
ネットや育児本に書いてある「生後〇ヶ月の食事量」という数字が、頭から離れなかったのです。
キッチンの時計を気にしながら、一生懸命に作った特製のおかゆと野菜スープ。
テーブルの前に座る息子に、笑顔でスプーンを差し出しました。
「ほら、美味しいよ。あーんして?」
しかし、息子はプイッと横を向いてしまいます。
「お願いだから一口だけでも食べてよ……」
焦る僕の気持ちが伝わったのか、息子の機嫌はどんどん悪くなっていきます。そして次の瞬間、小さな手が激しく動き、お皿をバシッと叩きました。
ガシャン。
きれいなオレンジ色のスープとおかゆが、放物線を描いて床に飛び散りました。
あの時の僕の心の声
「なんでそんなことするの?もう嫌だ、何もしたくない……。」
怒りと悲しさ、そして情けなさが一気にこみ上げてきて、僕はしばらく動けなくなってしまいました。
完璧な父親になろうとしすぎていた
床にこびりついたにんじんを雑巾で拭き取りながら、涙がこぼれそうでした。
「どうして周りの子はちゃんと食べているのに、うちの子は食べてくれないんだろう」
今思えば、僕は「完璧な離乳食」を作ることばかりに必死になって、目の前の息子の様子をちゃんと見ていなかったのです。
スプーンを無理やり口に押し込もうとする僕の顔は、きっと般若(はんにゃ)のように怖かったに違いありません。
スプーンを置いて、ただ見守ることにした
次の日、やっぱり離乳食の時間はやってきます。
正直、また拒否されるのが怖くて、台所に立つだけで胃が痛くなりました。
そこで僕は、思い切ってルールを変えることにしました。
「きれいに食べさせるのは、もうやめよう」
スプーンをテーブルの端に置き、お皿の中には手で掴みやすそうな長さに切って茹でたにんじんとジャガイモだけをポンと置きました。もちろん、床には新聞紙を広範囲に敷き詰めて、汚れてもいい準備はバッチリです。
「さあ、好きにしていいよ」
半ば諦めのような気持ちで、僕は一歩引いたところから見守ることにしました。
手がベトベトになっても、息子の目は輝いていた
息子は、目の前に置かれた野菜を不思議そうに見つめていました。
そして、恐る恐る小さな手を伸ばし、にんじんを「ぎゅっ」と掴んだのです。
当然、にんじんは潰れて手のひらの中でぐちゃぐちゃになりました。
いつもなら「ああっ、汚いからやめて!」と言ってしまっていたところですが、グッと我慢して口を閉じました。
すると息子は、手のひらについたオレンジ色の塊を、じっと観察し始めました。そして、自分の指をペロッと舐めたのです。
「……あ!」
息子の顔が、ぱっと明るくなりました。
自分で触って、潰して、確かめてから口に運ぶ。その時、息子の目はキラキラと輝いていました。
「食べること」は、世界を知る冒険だった
その姿を見て、僕はハッとしました。子どもにとっての食事は、ただ栄養を体に入れるだけの時間ではなかったのです。
- これは固いかな?柔らかいかな?と確かめること
- 触るとどんな音がするかな?という大発見
- 自分で掴んで口に入れるという「大冒険」
僕が「きれいに食べさせたい」「栄養を摂らせたい」と大人の都合を押し付けていたせいで、息子の楽しい冒険を邪魔してしまっていたのだと気づきました。
それからの食事時間は、決してきれいなものではありませんでした。床は食べこぼしだらけ、服も毎回着替えが必要です。
でも、僕の心はとても軽くなりました。
「あ、今日はにんじんを潰すのが楽しかったんだね」
「ジャガイモの感触が気に入ったみたいだね」
そんな風に、息子の「実験」を一緒に楽しむ余裕が生まれたのです。
もし今、一生懸命作った離乳食を食べてもらえず、心が折れそうになっているパパやママがいたら、一度スプーンを置いてみてください。
床に新聞紙を敷き詰めて、汚れるのを前提で「好きにさせてみる」のも、悪くないものですよ。