「はい、わかりました」
僕は、なるべく感情を押し殺した声で返事をしました。目の前にいるのは、20代後半の「年下上司」であるハルト君です。
僕は30代半ば。この会社に10年以上いて、仕事の流れは誰よりも知っているつもりでした。それなのに、自分より一回りも若いハルト君が僕のチームリーダーになり、あれこれと指示を出してくるようになったのです。
正直に言って、毎日がモヤモヤの連続でした。「なんで僕が、こんな若造に指示されなきゃいけないんだ…」という黒い感情が、心の中でグルグルと渦巻いていました。
プライドの壁と、どんどん孤立していく自分
ハルト君が丁寧な言葉で「この資料の修正をお願いできますか?」と言ってきても、僕の心は素直になれませんでした。
「あ、はい。やっておきます」と、わざと冷たい態度を取ったり、アドバイスをされても「それ、知ってますけど」と鼻で笑ったりしていました。今振り返ると、本当に最低な態度だったと思います。
でも、当時の僕は「自分のプライド」を守るのに必死でした。年下に教えてもらうことや、指示に従うことが、自分のこれまでのキャリアを否定されているように感じて怖かったのです。
そんな態度を続けているうちに、チームの空気はどんどん悪くなっていきました。周りの同僚たちも僕に話しかけづらくなり、気づけば僕は職場の中で完全に孤立していました。ランチも一人、会議でも発言せず、ただ黙々とパソコンに向かうだけ。会社に行くのが、毎朝本当に憂鬱でした。
あの日、自分の「最大のミス」を助けてくれた一言
そんなある日、僕の不注意から、大きなスケジュール遅延を起こしかける大失敗をしてしまいました。
クライアントへの提出書類に、重大な数値ミスを見落としていたのです。気づいた瞬間、背中から冷や汗が吹き出しました。「終わった…絶対にハルト君から叱責される。周りのみんなにも『それ見たことか』と思われるに違いない」と、僕は頭を抱えていました。
怯えながら、ハルト君にミスを報告に行きました。「すみません、数値を間違えました」と、蚊の鳴くような声で言いました。怒鳴られる覚悟をして、ぎゅっと目を閉じました。
しかし、ハルト君の口から出たのは、思いもよらない言葉でした。
「○○さん、いつも夜遅くまで頑張ってくれていたから、疲れが出たんですね。気づけなくてすみません。大丈夫です、この件は僕が一緒にリカバリーさせてください!」
ハルト君は怒るどころか、優しく微笑みながら、すぐに一緒に手作業でデータを修正してくれたのです。彼の流れるような素早いサポートのおかげで、トラブルは未然に防ぐことができました。
くだらないプライドをゴミ箱に捨てた瞬間
「ハルト君、本当に申し訳なかった。そして、ありがとう」
トラブルが解決したオフィスで、僕は初めて、心から彼に頭を下げました。
ハルト君は言いました。「いえいえ!僕の方こそ、いつも経験豊富な○○さんに頼りっぱなしで、うまく指示が出せていなくて申し訳ないなと思っていました。○○さんの知識、いつも本当に頼りにしているんです」
その言葉を聞いたとき、胸が締め付けられるように痛みました。ハルト君は僕のことを「邪魔なベテラン」ではなく、一人の大切な仲間としてずっと尊重してくれていたのです。それなのに、僕は自分のつまらないプライドだけで、勝手に壁を作り、彼を敵視していました。
「なんてバカだったんだろう…」
涙が出そうになるのを堪えながら、僕は心の中で、自分のプライドをすべてゴミ箱に投げ捨てました。
関係をリセットして、仕事が10倍楽しくなった
次の日から、僕の態度はガラリと変わりました。
ハルト君に対して、「ここ、よく分からないから教えてくれる?」と、素直に教えを請うようにしたのです。最初は少し恥ずかしかったですが、ハルト君はとても嬉しそうに、そして丁寧に教えてくれました。
自分が「知らないこと」を認め、年下であっても素晴らしい部分は「すごい!」と口に出して褒める。たったそれだけのことで、僕の心は驚くほど軽くなりました。
今では、ハルト君とは何でも相談し合える最高の相棒のような関係です。職場の空気も明るくなり、毎日仕事に行くのが本当に楽しくなりました。
「年齢なんて関係ない。お互いをリスペクトすることこそが、一番大切なことなんだ」
あの一言が、僕の頑固な心を溶かし、閉ざされていた仕事の楽しさを取り戻してくれたのです。