入社して3年目、ようやく仕事に慣れてきた頃のことでした。
僕は、社内でも「職人肌」と恐れられている先輩の部署へ異動になりました。そこで待っていたのは、言葉を失うほどの「絶望」だったのです。
「引き継ぎ?そんなものはないよ。僕の仕事は『見て覚える』のが基本だから」
そう冷たく言い放った前任者の先輩は、本当に何も教えてくれないまま、異動までのカウントダウンを迎えていました。毎日、ただ後ろから背中を見つめるだけ。質問をしても「忙しいから後にして」とあしらわれる日々。僕の心の中は、常に不安と恐怖でバクバクと脈打っていました。
「じゃあ、あとはよろしく!」引き継ぎゼロで始まった地獄の日々
そしてついに、先輩が去る最終日がやってきました。
机の上に置かれていたのは、ペラペラの紙が1枚だけ。そこには、専門用語が殴り書きされた謎のメモが数行あるだけでした。
「じゃあ、あとはよろしくね!がんばって!」
笑顔で去っていく先輩の背中を見送りながら、僕はデスクの前で立ち尽くしていました。目の前が真っ暗になるとは、まさにこのことです。引き継ぎが「ほぼゼロ」の状態で、僕は課内で最も重要とされる「月次のデータ集計と報告業務」を丸投げされたのです。
翌日から、僕の席の電話は鳴り止みませんでした。
「例の件、どうなってる?」
「いつものデータ、まだ届かないんだけど」
他部署からの問い合わせに対して、僕は「確認します」としか答えられません。中身が何も分からないのですから。パソコンの画面を見つめたまま、ただ冷や汗がダラダラと流れ落ちていきました。
真っ白なノートと、鳴り響く電話の音
先輩から「見て覚えた」はずの記憶を必死に手繰り寄せますが、いざ自分でやろうとすると、システムの操作方法すら分かりません。
「ログインパスワードはどれだ?」「このエラー画面は何?」
気がつけば、夕方の5時。進捗はほぼゼロでした。情けなさと悔しさで、視界が涙でじんわりと滲んできました。
当時の僕の心境
プライドなんてゴミ箱へ。他部署へ頭を下げに走った「泥臭い逆転劇」
このままでは、会社全体の業務が止まってしまう。そうなれば本当に取り返しのつかないことになります。
「怒られてもいい、無能だと思われてもいい。とにかく今の状況を正直に話して、助けを求めよう」
僕はそう決意し、ガチガチに固まったプライドをゴミ箱へ投げ捨てました。
僕は、前任の先輩と仕事上でやり取りが多かった「営業部」と「システム部」のデスクへ、真っ白なノートとペンを握りしめて走りました。
「すみません!引き継ぎが全くなくて、本当に何も分からないんです!お願いです、皆さんが持っている情報を教えてください!」
デスクの前で深々と頭を下げました。最初は「えっ、あいつ何も教えていかなかったの?」と驚かれ、あきれ顔をされました。しかし、僕の必死な様子と、なりふり構わない態度を見て、周りの先輩たちが少しずつ動いてくれたのです。
「しょうがないなあ」から始まった、救いの手
「しょうがないなあ、じゃあ、うちがいつも出してるデータの形式を教えるよ」
「あいつのやり方は特殊だったから、このシステムから引っ張れば簡単だよ」
営業部の先輩や、システム部の担当者さんが、自分の仕事を止めてまで僕のデスクに集まってくれました。僕は一言も聞き漏らさないように必死でメモを取りました。手は震えていましたが、心の中は温かい感謝の気持ちでいっぱいでした。
他部署の皆さんが「前任者が何をしていたか」の外枠を教えてくれたおかげで、パズルのピースが埋まるように、業務の全貌が見えてきたのです。みんなを巻き込みながら、僕は泥臭く、必死に作業を続けました。
最初のピンチを乗り越えた瞬間と、得られた「本当の財産」
他部署の力を借りながら、なんとか最初の「月次報告」の資料を完成させ、無事に提出することができました。
提出ボタンを押した瞬間、肩の力が一気に抜けて、深く長いため息が出ました。
完璧な資料ではなかったかもしれません。それでも、「引き継ぎゼロ」という絶望から、自分の足で立ち上がり、周りの人の優しさに支えられてやり切ったという事実は、僕に大きな自信をくれました。
お礼を言いに行くと、営業部の先輩が「よく頑張ったじゃん。前任のやつより、君の方が話しやすくて助かるよ」と笑って言ってくれました。その言葉を聞いたとき、張り詰めていた緊張が解け、本当に救われた気持ちになりました。
もし、あのとき一人で抱え込んでプライドにしがみついていたら、僕は今頃会社にいなかったかもしれません。
仕事は一人でするものではないこと、そして、困ったときは素直に「助けて」と言っていいんだということ。最悪なスタートでしたが、僕にとって一生モノの「大切な気づき」を得られた、泥臭い逆転劇でした。